谷町クダリ TANIMATI KUDARI
STORY
◇幼少時代
幼少のころからアニメや漫画、小説、ゲームが好きで、特にアニメはジャンルを問わずあらゆるアニメをかじりつくように見ていました。
学校が終わればダッシュで帰宅して夕方放送のTVアニメ、友達の家に行ったら友達の漫画を読み、休日はキャラクターの落書きばかり描いていました。
自分でもなぜこんなにオタク気質なのかと不思議に思いますが、三つ子の魂百までということなのか、いまだに情熱が全然冷めません。
◇進路
将来は漫画家かイラストレーターか、アニメーターになりたいと漠然と憧れていました。
しかし親に反対されたことと、自分には特別な才能がないと思ったこと、安定した収入が得られる職業に就きたいと思ったため、高校卒業後は大学に進学しました。
大学では社会学を専攻して、広告か報道の仕事がしたいと考えていました。
でも大学に入ってすぐ、それは自分が本当にやりたいことではないということに気付いて、やはりアニメーターになりたいと思うようになりました。
それで大学に通いながら、アートスクールに通い、アニメ専門学校の学費をバイトで全額貯めました。
そして大学卒業後に上京してアニメ専門学校に入学しました。
その学校は通常2年のカリキュラムを1年で学べるため、私のように大学進学後に入学したり、社会人を経験した後に入学する人が多く、そこで出会った同期はいまでもかけがえのない友人です。
◇アニメーター時代
アニメ専門学校卒業後は、念願がかなって、都内のアニメ会社に新人アニメーターとして採用してもらえました。
最初は動画マン(原画の清書や、原画と原画の間の動きを補完する絵を描く、原画マン見習い)で、当時は完全に紙と鉛筆のアナログ作業で、動画単価は1枚180円~200円でした。
1日10時間机に向かって作業しても20~25枚程度しか描けず、アニメーターはすべて成果報酬制で、福利厚生もつかないので(一部例外の会社あり)、月25日出勤したとしても、10~12万円程度しか稼げませんでした。
当時の物価は今よりはずっと安かったですが、都内の家賃や生活費でカツカツの生活で、築35年のオンボロアパートに住み、交通費を浮かすために自転車で片道40分かけて通勤していました。
そんな動画マン時代を経て、1年半後に原画マン(絵コンテからレイアウト・アニメ原画を担当する)に昇格しました。
原画単価は1カット4000円~5000円になりましたが、1カットは原画枚数3枚くらいのものから20枚超えるものまでかなり幅があります。
動画マン時代には打ち合わせはありませんが、原画マンになると演出家と絵コンテを突き合わせて打ち合わせをします。
膨大な作画資料をもらって、レイアウト(背景ラフ・原画ラフ)を描き、タイムシート(原画のコマ割りの指示やカメラワークのタイミングを入れるチャート)も作成します。
自分が描いたレイアウト・タイムシートを、演出家が確認して戻しがきて、さらに原画を清書して、それに対して作画監督から戻しが来ます。
リテイク修正は容赦なく発生しますし、締め切りが迫っていても、戻しが予定通りこないこともあり、駆け出しの原画マンはかなり大変です。
最初のころは月20カットくらいしかできなくて、動画マン時代よりもむしろ収入が下がりました。
それでもだんだん仕事に慣れてきて、月30カット以上はできるようにはなったのですが、それ以上どうしても作業量を増やすことができず3年がたちました。
収入が増えず、技術的に伸び悩みながら、慢性的な過労と体調不良で、次第に鬱病を発症するようになりました。
最終的には腱鞘炎で鉛筆が握れなくなってしまったところで、退職をしました。
◇失意の時期
ずっと夢だったアニメーターになれたのに続けていくことができなかった不甲斐なさに、どん底状態になりました。
辞めた当初はほとんど貯金もなかったので、派遣バイトでギリギリ生活費を稼ぎながら、後は抜け殻のように何もしないで過ごすという生活になりました。
就職活動をするにも、30歳手前でアニメ会社以外の就労経験もなく、やりたいこともなく、無気力で、ますます鬱病が酷くなりました。
その後様子を見にきた親に説得されて、言われるがままに実家に帰りました。上京して6年目のことでした。
実家に帰って3年ほど立ち直ることができず、完全にニートでした。
鬱病の通院以外は、部屋に引きこもり、ネットサーフィンを一日中やっていて、体調も悪く、体重はMAXでした。
そんな暗い毎日の唯一の趣味が、お気に入りのネット小説の作者さんに、小説の二次創作ファンアートを送ることでした。
家族に対する負い目と、自分の人生から目を逸らして、フィクションの世界に逃げていたのだと思います。
二次創作活動の流れでTwitterやるようになり、絵を投稿していたところ、何人かの絵師と知り合いになりました。
その人たちの影響で、ネットゲームのイラストの副業を知り、ゲームの運営会社や、イラストエージェント会社に応募したらたまたま採用されて、お小遣い程度ですがイラストの仕事をするようになりました。
少しだけ気持ちが前向きになって、イラストの仕事の他にも、バイトや実家の家業の手伝いもするようになり、さらに数年が過ぎました。
◇転機
その頃私は主にソシャゲのイラストの仕事をやっていました。
仕事の依頼は続いていましたが、イラストの単価は安く、交渉のやり方も分からず、収入が増えず悩んでいました。
そんな時に父が仕事を引退することになり、家業を手伝うこともできなくなったため、ますます実家に居づらくなったので家を出て独立したいと思っていました。
でも何年も会社勤めをしていので、就職ではなく、できれば在宅イラストレーターとして生きていくことはできないかと考えていました。
眠れなくてスマホを見ていたある日、とあるイラストレーターさんのサイトが目に止まり、気がついたらその人が主催しているイラストレーター交流会に参加を申し込んでいました。
そこで色々と自分の悩みを相談させてもらったのですが、エージェント会社やクラウドソーシングを介さないで、直接仕事を依頼される方法や、単価の上げ方、自分の強みの見つけ方や、営業方法などいろんなことを教えてもらいました。
私が今まで何も知らなかったことばかりでショックでしたが、逆に教えていただいたことを全力でやったら道が拓けるのでは?と思いました。
また、もう一つ大きな出来事がありました。
仕事で使っていたパソコンが故障して、近所の修理屋さんに出張修理をしてもらったことがありました。
その修理屋さんは、部屋に貼っていた私のイラストを見て褒めてくれて、何を思ったのか突然「自分の似顔絵を自分の好きな海外ゲームのイラスト風に描けないか?」と言い出したのです。
そんなことは全くやったことがなかったんですけど、何となくできそうな気がしたので二つ返事でOKしました。
後日、出来上がった似顔絵を後日納品したところ、めちゃくちゃ喜んでもらえました。
それだけでなく、修理屋さんが似顔絵を自分の顧客や知り合いに見せて、宣伝してくれて、口コミでアニメや漫画風の似顔絵の依頼がくるようになりました。
こんな需要があったのかと驚きました。
当時は副業ブームであったことと、一般の人でもSNSを使うのが当たり前になってきていて、オリジナルの似顔絵をSNSや名刺に使いたいという人が増えていたのです。
直接仕事を依頼されるようになって売上が増えただけでなく、嬉しかったことは、お客さんの喜んでいる生の声を聴けたことです。
今までのゲームの仕事はエンドユーザーと直接やり取りすることはなかったのですが、似顔絵のお客さんは最初から最後までコミュニケーションが発生します。
20年以上イラストを描いてきて初めて、イラストで人の役に立っているという実感を持てました。
◇独立
「自分がやりたいこと」「自分がやれること」「需要」が見つかって、タイミング的に今だと思ったので、一念発起して実家を出て、事務所兼自宅マンションを借りて、開業届けを出して専業イラストレーターとして活動をはじめました。
だいぶ博打で不安でしたが、似顔絵制作サービスのwebサイトを作り、SEO対策やSNSで集客に成功して、似顔絵サービスを軌道に乗せることができました。
また開業初年度に、運良く大きなクリエイター交流会イベントで登壇させてもらたことがきっかけで、クリエイター界隈でも名前を知ってもらい、横のつながりでお仕事をいただけるようになったことも大きかったです。
独立してから5年、お客様やクリエイター仲間に支えられて、イラストレーターを続けられています。
現在は個人のお客様、会社経営者様、スポーツ選手、Youtuberなど様々な方の似顔絵を制作しています。
似顔絵はただの記念品や余興ではなく、イベントのメインビジュアルや、個人のトレードマークになるアイコン、動画コンテンツのキャラクターや、オリジナルグッズ、ビジネスツールとして活用することができます。
特にビジネスで似顔絵を使われるお客様には、丁寧なヒアリングでブランディングや企業理念に合った似顔絵キャラクターをご提案しています。
◇今後の展望
今は似顔絵の仕事が多いですが、似顔絵以外のアニメイラストの仕事を増やしていきたいと思っています。
私は幼少期は現実がとにかくつまらなくて、アニメを始め様々なフィクションにのめり込んできました。
しかし今は現実の方がフィクションよりもずっと深くて、広くて、スリリングで、エキサイティングに感じます。
現在は、テクノロジーや国際情勢、社会常識が恐ろしいスピードで変化していて、誰もが荒波に翻弄されています。
10年先、20年先がどうなっているか誰も予想できません。
これって客観的に見て、結構ハードな状況なんじゃないでしょうか?
変化についていけず、消耗したり、生き辛くなったりするのは、当たり前な気がします。
普通に生きていくだけでも、さまざまな葛藤や障害や挫折があり、乗り越えるために挑戦や忍耐やアイデアが必要な時代だと思います。
そんな日々を強かに、しなやかに生きている人々は、大人も子供もリスペクトができます。
Everyday life is cool. (日常はかっこいい)
をテーマに、今を生きる人々を描く活動をしていきたいです。
具体的には、人を勇気づけたりポジティブにさせるイラスト、日常の中のストーリーを伝えられるイラストを描いていきたいです。
WORKS
- ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社
「ラグナロクオンライン」壁紙 - 株式会社FC淡路島
サッカーチーム公式キャラクター「ガイアくん」キャラクターデザイン - 株式会社G.B.
書籍「フィギュアスケート好きのためのフレーズ&単語帳」挿絵 - キラメキノ未来株式会社
「きらめくん」LINEスタンプ、グッズイラスト - 鉄建建設株式会社
熊本県下硯川橋建設工事PRイラスト - スマートシティ企画株式会社
社員似顔絵、年賀状 - webメディア「FXクエスト」
アイキャッチ、4コマ漫画 - 株式会社日経BPコンサルティング
書籍「エンジニアだから働く楽しさは自分たちで創る」表紙・挿絵 - ボートレーサー丸野一樹様
Youtubeチャンネルアート、LINEスタンプ - 株式会社ナイスケアリング
路面看板イラスト - 株式会社ハイプレイス
Vライバーキャラクターデザイン - 東京医薬看護専門学校
Youtube、チラシ漫画 - 株式会社クリエイティブユニバース
webメディア「フリラボ」イラスト - タクトシステム株式会社
「ロボサポ」ランディングページ漫画 - 株式会社AbemaTV
ポスターイラスト - 京都芸術デザイン専門学校
キャラクターイラスト学科 特別講義
(敬称略)
SKILL
・イラスト
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・漫画
・キャラクターデザイン
・キャラクターアニメーション
ポートフォリオDL
お持ち帰りいただいて、社内検討や、クライアントへの提案時にぜひご利用ください。